2008年07月02日

ちょっと五輪書③

宮本武蔵 「五輪書」  *水の巻* の一節。

「心の足らぬことなくして心を少しも余らせず、上の心はよわくとも底の心をつよく、心を人に見分けられざるやうにして小身なるものは心に大い成事を残らず知り、大身なるものは心に小きことをよく知りて、大身も小身も心を直にして我身の贔弱をせざる様に心持ち肝要なり」

ま、人を見た目で(外見)だけでみちゃだめ、相手に過剰に期待することなく、、己は己を信じ、背伸びすることなく誠意をもって正義をつくす、なんて勝手に解釈してます、意外と状況によって違うように聞こえたりもしますが、言葉の濃縮度の現れなんでしょうね、もちろん、人それぞれの解釈でよろしいと思ってます。

兵法は主に相手をみるということを書かれているように思います、それが1対1のときもあり、複数対複数の場合もありです、時代が変わっても対人関係の緊張は存在するものです、相手をみるってことが結果として自分を知ることになり、自身の向上心、鍛錬が相手をまた一段と知ることにもなる、と武蔵は書いているように思います、実際の文面は剣道の注意が主であるかのように思われがちですが、ニューヨークのビジネスマンたちに読まれることも多いこの書物、底知れぬメッセージがまだまだ隠されているんでしょうね。

  

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2008年07月01日

ちょっと五輪書②

宮本武蔵 「五輪書」 *火の巻* の一節、

「物事の景気と云事は、我が智力強ければ必ず見ゆる所なり、兵法自由の身になりては、相手の心を能く理解して開ける道多かるべき事なり、工夫有べし」

商売で景気を見る、と言うことは結構重要です、その景気自体、遠目にしかみることのできないものですが自分自身もその中にどっぷりとつかっているんですよね、現代に置き換えれば 智力 → 情報分析力でしょうか? そしてその中で工夫をすることで場面は開ける、って私は勝手に理解しています。

五輪書の超自己流プログラム変換、いろいろあってよいんじゃないでしょうか? なんてね。
  

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2008年06月29日

ちょっと五輪書①

年取った証拠でしょうか?
たまに、宮本武蔵の五輪書の一節を思い出したりします、
己に迷いが出たとき、他人を理解しようと思うとき、無意識に浮かんできます。

 *水の巻* の一節
「遠き所を近く見、近き所を遠く見ること兵法の専」

近い人間関係の難しくなりそうなときによく効きます、考え方ですけどね、
解釈は個々色々でよろしいかと思います。

なんかじじくさいね? 
まだまだな若造なんですが、心の中にこんなもんがプログラムされてましてね、結構、役にたつもんですよ、一応、剣道してましたんで。

気が向いたらまた、じじくさい話、するかもね。



  

Posted by sakapa at 23:11Comments(3)TrackBack(0)五輪書